小さな小さな「ミジンコ」が琵琶湖の水を浄化する!?
(ミジンコ「写真提供:伴修平教授」)
「ミジンコ」と聞くと、小学校の理科を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。教科書に載っていたどこか愛きょうのあるあの姿。ミジンコはエビやカニと同じ仲間の甲殻類で、プランクトンとして生活しています。主に淡水の湖沼で暮らし、体長は1mmに満たないものから、大きな種類でも2-3mm程度ほどですから、とても小さな生物です。
実はこのミジンコには「水をきれいにしてくれる」力があるというのです。琵琶湖にも多数生息するミジンコ。果たして琵琶湖のミジンコは、水質向上に役立ってくれるのでしょうか。
滋賀県民なら、いや滋賀県民ならずとも気になる「琵琶湖の水質」。一時に比べると水質汚濁に関するニュースを耳にする機会も減ったように思いますが、果たして現在の状況はどうでしょうか。
琵琶湖の水質や環境とミジンコの関係について、滋賀県立大学環境科学部 環境生態学科の伴修平(ばん しゅうへい)教授にお話をお聞きしました。
琵琶湖の水は「透明」になっている
(伴修平教授 滋賀県立大学の研究室にて)
「琵琶湖で見られるミジンコの種類や比率は、おおむね一定しています」と伴教授。日本固有種の「ヤマトヒゲナガケンミジンコ」が最も多く全体の70%近くを占めています。長く伸びたひげのようなパーツがあり、動きが速く、小さいのが特徴です。その他に比較的大型のカブトミジンコ、さらにケンミジンコ、ゾウミジンコ、オナガミジンコなど5~6種が主に生息しています。
大きな変化といえるのは、大型の「プリカリアミジンコ」が見られるようになったこと。90年代後半から琵琶湖にあらわれたプリカリアミジンコは、琵琶湖に順応して数を増やし、定着するようになりました。カブトミジンコ、プリカリアミジンコなど、比較的大型のミジンコが、琵琶湖の水質に影響していると考えられています。
「この20年ほど、琵琶湖の水の透明度は増しているんです」と伴教授はいいます。
「透明度」とは、水がどのくらい透き通っているかを示す数値。30㎝の「セッキー円盤」と呼ばれる白色の円板を水中に降ろし、肉眼で白板が見えなくなる深さを測定します。滋賀県の「環境白書」によれば、北湖の透明度は4~6mで推移しており、2017(平成29)年度の年平均値は5.0mでした。南湖の透明度は2m前後。2017(平成29)年度の年平均値は2.1mだったと発表されています。透明度は年によって微妙に上下していますが、50年ほど大きな変化はありません。しかし数値は上昇傾向にあり、水質は改善しているといえるそうです。
「ミジンコ」の水質浄化メカニズム
(滋賀県立大学で生育されているミジンコ、大きいので肉眼で確認できる)
琵琶湖を含む、湖沼の透明度を左右する要因はなんでしょうか。透明度を下げる主な原因は、植物プランクトンの増殖です。植物プランクトンが多くなると、水は緑色などのプランクトン由来の色に染まります。湖水に色がついた懸濁物、つまり水に溶けず湖水を浮遊する物質が増えるため、透明度が下がるのです。
湖が緑や赤に染まる「アオコ」や「赤潮」という言葉に覚えがある方も多いのではないでしょうか。これらも植物プランクトンが原因です。爆発的に増殖した植物プランクトンが琵琶湖の水質を悪化させてしまうのです。
琵琶湖の水を透明にするには、植物プランクトンを減少させること。ここで力を発揮してくれるのがミジンコなのです。
ミジンコによる水質浄化のメカニズムは「植物プランクトンに対する捕食」にあります。ミジンコは植物プランクトンを餌にしているため、ミジンコの数が増えれば、もしくは大型のミジンコが増えれば、捕食量が増え、植物プランクトンは数を減らしたり、増殖を抑制されたりします。結果、水の透明度が増す。つまり「ミジンコが水をキレイにする」というわけです。
とくに近年、春頃になると琵琶湖の透明度が非常に高くなるといいます。その大きな理由の一つとして上げられるのがミジンコです。「春になると大型のミジンコが増えて、一時期ですが琵琶湖がすごく透明になるんです」と伴教授。湖中のミジンコの個体数やその大きさは、確実に琵琶湖の透明度に関連しているのです。
ミジンコによる「琵琶湖水質浄化」の可能性とは?
(琵琶湖のミジンコや水質調査を行なう調査船「写真提供:伴修平教授」)
ではミジンコを培養してたくさん湖に放すなど、人工的に琵琶湖のミジンコを増やせば湖の透明度は上げるのでしょうか。伴教授は「理論上はできる」としつつも、「実際に行うのはむずかしい」といいます。
「湖の浄化を考えると、ミジンコに安定的に生息してもらう必要があります。しかしミジンコの寿命は短く、浄化を可能にするほどの数を安定的に存在させるのが不可能に近いのではないでしょうか」。
ミジンコは大きなもので2-3mm程度のごく小さな生き物。寿命も1カ月程度しかありません。ミジンコの水質浄化力は効率がよく、実験レベルならある程度以上の効果が得られています。しかし実際に湖の浄化、とくに琵琶湖のような広大な湖の浄化をミジンコ中心で担うのは無理がありそうです。
もう一つ、ミジンコの増殖を阻害するのが、ミジンコを捕食する生物の存在です。琵琶湖の魚にとってミジンコはごちそう。とくに水の浄化力が高いと考えられる大型のミジンコは動きも遅いため、狙われやすい存在でもあります。植物プランクトンをミジンコが捕食し、さらにそのミジンコを小さな魚が食べる。小魚は大型の魚に捕食される……。琵琶湖の中では日常的に食物連鎖が行われており、ミジンコだけを安定して生存させ続けるのは非常に難しいのです。
湖中の魚を排除することができれば、ミジンコはどんどん増殖し、琵琶湖の水質浄化も進むかもしれません。しかし琵琶湖のように大きな湖で魚を根絶するのは不可能です。また琵琶湖には魚を資源として考えている人々、たとえば漁業を生業としている人や、釣り関連の仕事をしている人からの反対も想定され、「魚の減少や根絶」が行われる可能性もありません。
琵琶湖の透明度とミジンコの数や大きさには、確かに正の相関があるようです。しかしミジンコを利用して琵琶湖の水質浄化を図るのは、少なくとも現状では難しいようです。
湖の環境評価は「透明度」だけでは不可能
(琵琶湖での調査の様子「写真提供:伴修平教授」)
そもそも「琵琶湖の透明度が増している」という事実をもって、「琵琶湖の環境が改善している」と決めつけるのも難しいと伴教授はいいます。「確かに琵琶湖の透明度は増しています。しかし透明になったから『環境が良くなっている』とはいえません。琵琶湖の水質についても、もっと大きくいうと環境全般も、何を持ってして『良い』とするかは難しいところです」。
琵琶湖に限らず、湖には多彩な側面があります。「飲み水の供給源」と考えた場合、透明度が上がればその価値は増します。また「観光資源」として見た場合も、透明度が高いほうが喜ばれます。透明な湖は見て美しく、水遊びを楽しむにしても透明であることがプラスになるでしょう。「世界一透明な湖」として知られる北海道の摩周湖は「透明度」が観光資源として機能している一つの例です。1931(昭和6)年に41.6mの透明度という、湖沼透明度の世界記録を観測。「世界一透明な湖」というキャッチフレーズが、人々の関心を集めています。
しかし透明であるばかりが湖にとって“良い環境”とは限りません。伴教授は「生物多様性から考えると、水はある程度濁っている方が良いのです。あまり透明な水には生物はすめません。『透明度が高い』ことは、“健全でない”との見方もできるんです」といいます。環境評価には多面性があり、「透明だからいい良い」「濁っているから悪い」など一面的なとらえ方はできないのです。
湖の環境を考えるには、「透明度」などの一面的な評価だけではなく、多角的な視点が必要です。そのうえで利害が相反する人々ができるだけ共存共栄できるような路線を模索するのが重要なのです。
伴教授は「自然を信じてみるのも大事かもしれません」といいます。「人が一方的にコントロールしようとするのではなく、自然のパワーを上手に活かす方向性です。人と自然とがタッグを組んで取り組み、できるだけ多くの人が納得し、幸せになれる方向へと近づけていくことが重要ではないでしょうか」。伴教授はそう語ってくれました。
京都出身、滋賀に仕事で通ううちに滋賀に惹かれて彦根に移住。ライターをするかたわら、夫と「彦根の自転車店・侍サイクル( https://jitensyazamurai.com/db/ )」を経営。湖東・湖北を中心に、滋賀各地を自転車で走り、ついでに美味しいものを食べるのが何より幸せ
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